Hidetoのブログ

人に安心感を与え、世界の平和に貢献する。そのために人生と事業を再設計する日々の記録です。

地域の助け合いの大切さ

毎月第一日曜日は町内会の掃除の日である。

自宅近くの一軒の家がT字路にあり、そこの庭木が道路側に生い茂っている。車で右折する時、この木が邪魔で曲がりにくい。以前はそれほど気にならなかったが、木が年々大きくなり、最近では向こうから来る車や人がほとんど見えなくなってきた。これは危険だと思い、いずれ機会を見てこの家の人に話をしないといけないと思っていた。

そんな折、今日ふと思いついた。

「掃除の時に、この家の人が掃除をしていたら木の話をしてみよう。」

私はこういう時、あまり迷わずすぐに行動に移せるタイプである。

さっそく今日の町内会の掃除で、その家に向かい、家の前を掃除していたおばあさんに声をかけてみた。すると意外にもあっさり、「気にはなっていたが、切る人がいないからそのままにしていた」と言ってくれた。

それならと思い、私は家から道具を持ってきて木を切り始めた。すると近所の人たちが次々と集まり、手伝ってくれた。

皆が同じように、この場所を危険だと思っていたのである。

危険だと思っていても、誰も自ら動こうとはしなかった。しかし、誰かがきっかけをつくると、人はすぐに行動を起こしてくれる。ここが鎌倉のよいところである。皆が助け合いの精神をもっているのである。自分さえよければいいという人は、少なくともこういった町には少ないように思う。

私は、どんな国の人たちが日本に移住するのもよいと思うが、こういう助け合いの文化を理解してもらうことが、日本でうまく暮らすための鍵ではないかと思っている。自分さえよければいいという考え方では、日本の地域社会にはなじみにくいのではないだろうか。

同時に、簡単ではないかもしれないが、こういう助け合いの文化を日本から海外へ広めたいとも思っている。

今朝は気持ちのよい汗をかいた。私の行動が少しでも町の役に立ったからである。

これからも、こんな汗をかいていきたいものである。

CV(Curriculum Vitae)を書いて気づいたこと

先日、マレーシアのある会社へCV(Curriculum Vitae:職務経歴書)を送りました。

知人から、「ポジションに空きが出たので、ぜひ推薦したい」というありがたいお話をいただいたからです。採用されれば、再びマレーシアで働くことになります。

私はもともと、60歳以降は日本と海外を行き来しながら仕事をしたいと考えていました。そのため、今回のお話も自分のキャリアの選択肢の一つとして前向きに受け止めています。日本で取り組んでいる活動も、オンラインを活用しながら継続するつもりです。

今回、CVを書いていて改めて気づいたことがありました。

職務経歴書とは、自分がこれまで何をしてきたかを相手に伝えるための資料です。

私は今年3月に35年間勤めた会社を早期退職しました。その際、自分の35年間を何度も振り返りました。当時は職務経歴書を書くことを意識していたわけではありませんが、その経験が今回とても役立ちました。

そして、もう一つ良かったことがあります。

退職後すぐに信州大学でGXを学び始めたことです。

このおかげで、私のキャリアは途切れませんでした。

資料を書きながら感じたのは、キャリアに空白期間があること自体が問題なのではなく、その期間をどう説明できるかが重要なのではないかということです。

なぜ、その期間が必要だったのか。

その間、何を考え、何を学び、何を目指していたのか。

もし私が面接官なら、むしろそこを一番聞いてみたいと思います。その人の価値観や行動力、本質が最も表れる部分だからです。

私の場合は、会社を早期退職した後、「GXビジネスを立ち上げたい」という思いから信州大学で学び始めました。この流れは、自分のキャリアとして一つのストーリーになっています。

もし退職後に「家で勉強していました」とだけ説明していたら、相手に納得してもらうことは難しかったかもしれません。

さらに、マレーシアで英語を学び直そうと準備を進めていたところに、今回のお話が舞い込みました。

会社を辞めた後も、自分のやりたいことに向かって行動し続けていたからこそ、新しいご縁につながったのだと思います。

キャリアの空白期間は、何もしない時間ではありません。

次の人生を準備する大切な時間です。

その時間をどう過ごし、どんな目的を持って行動したかは、将来振り返った時、自分自身のキャリアを語る大切なストーリーになるのではないかと思いました。

英語学習にChatGPTを使ってみて気づいたこと

8月末に、マレーシアの英会話スクールへ短期間通う予定です。

たった5日間で少しでも成果を上げるために、半年以上前からAI英会話アプリ「Speak」を使い、毎日リスニングとスピーキングを続けてきました。

渡航まで1カ月を切った最近は、それに加えてChatGPTとの英語での壁打ちも始めています。

自己紹介を中心に、自分が伝えたいことを英語で書き、それをChatGPTに添削してもらっています。話す前に頭の中で文章を整理できるので、とても良い勉強になります。

これは、普段続けている「一日一項」を英語で書いているような感覚です。

英語で考える習慣は、そのまま英会話力につながります。

ChatGPTには毎回のように文章を直されますが、添削が入らなくなるまで何度も書き直しています。自己紹介の内容は毎回大きく変わるわけではありません。よく使うセンテンスを身につけてしまえば、英会話スクールでは自己紹介に時間を取られず、もっと深い会話ができるようになるはずです。

さらに、英語で文章を書けるようになれば、いつか「一日一項」を英語で発信してみるのも面白いと思っています。

海外の人とコミュニケーションを取るときは、「何を考えたか」だけではなく、「なぜそう考えたのか」「その経験が自分にどのような影響を与えたのか」まで丁寧に伝えないと、本当に伝えたいことは伝わりません。

その意味では、英語を学ぶことは単に外国語を身につけるだけではなく、自分の考えを整理し、思考力を鍛える訓練にもなっているように感じます。

今回、英会話スクールに備えてSpeakやChatGPTを活用してきましたが、これは私にとって思いがけない発見でした。

AIは英語を教えてくれる先生であると同時に、自分の考えを整理してくれる対話相手でもあります。

だからこそ、英作文の練習にはChatGPTをぜひ活用してみることをおすすめしたいと思います。

大人の遊び場

今日は自分のための休日。一日、ホームコースでゴルフを楽しみました。

今年からホームコースの研修会に参加させてもらい、月に一度ゴルフを楽しんでいます。マレーシア時代は毎週ゴルフをしていましたが、今は月に一回か二回。そのほとんどが知人とのラウンドです。しかし、この研修会は少し違います。参加者のほとんどがシングルプレーヤーで、中にはアンダーパーで回る人もいます。千葉県でも競技レベルの高いゴルフ場だけあって、実力者が数多く集まります。

一方で、このコースは決してコンディションが良いとは言えません。フェアウェイも荒れているところがあり、「もし大手のゴルフマネジメント会社が運営すれば見違えるコースになるのではないか」というのは、メンバー同士でよく話題になります。

それでも、このゴルフ場には熱心なゴルファーが集まり続けています。以前は、その理由がよく分かりませんでした。しかし最近になって、その魅力が少し分かるようになりました。

コースが完璧ではないからこそ毎回違う難しさがあり、何度プレーしても飽きません。そして何より、あまり混雑しないため、ゆったりとゴルフを楽しむことができます。ゴルフ好きにとっては、これ以上ない環境なのです。

私も本当は鎌倉の近くのコースのメンバーになりたいと思っています。仕事が軌道に乗ったら神奈川県でメンバーになることも考えています。それでも、このホームコースには不思議と愛着があり、離れがたい魅力を感じています。

今回ご一緒した三人のうち二人は六十五歳前後で、会社勤めを終え、好きなゴルフを満喫されている方々でした。もう一人は私より五歳ほど年下の現役サラリーマンで、「子どもの頃は原っぱでクラブを数本持って遊んでいた」と話してくれました。

月例会や研修会に参加するゴルファーは、ゴルフ人口全体から見ればほんの数パーセントでしょう。それでも六十歳を過ぎ、真夏の暑い時期でも競技に参加し続ける。その姿を見ていると、本当に皆さんタフです。

しかも、一緒にラウンドした方々は、とても六十五歳には見えませんでした。

「こんなシニアになりたい。」

そう思わせてくれる人たちが、このホームコースにはたくさんいます。

コース管理が完璧ではないからこそ、人が押し寄せることもなく、静かにゴルフを楽しめる。考えてみれば、それも一つの魅力なのかもしれません。

最近になって、このホームコースは単なるゴルフ場ではなく、タフなゴルファーたちが集う大人の理想の遊び場なのではないかと思うようになりました。

日本人が立ち上がる

政治家の原口一博さんがYouTubeで、とても印象に残る話をしていました。

最近、人を信じられないという若者が増えており、それはとても危機的なことだと言います。

「人を信じられないというのは、自分を信じられないということ。自分を信じられない人生はとてもつらいものです。なぜ生きているのか、なぜ生まれてきたのかが分からなくなってしまうからです。」

そんな時こそ、自分のとなりにいる困りごとを抱えた人に手を添え、その困りごとを解決してあげることで、人から感謝されます。

人から感謝されると、自分にも感謝の心が芽生えてきます。感謝の心が芽生えると、自分の持っている力が少しずつ分かってきます。自分の力が分かると、自分の得意なことが見えてきます。そして、自分のやるべきことを続けていれば、自分を信じられるようになり、自分を信じられると自分のことが好きになれます。

自分を好きになれる人には心の余裕が生まれます。心に余裕が生まれると、人にも優しくなれます。人に優しくできる人が増えれば社会は明るくなり、社会はどんどん良くなっていきます。

だから、日本人が立ち上がるとは、まず身近にいる人の困りごとを解決すること。そのために、まずは手を添えることではないかという話でした。

原口さんは実際にはここまでかみ砕いて話していたわけではありませんが、私には彼が言いたかったことはこういうことなのではないかと思えました。

お金中心の社会では、得をするかしないか、儲かるか儲からないかで物事を判断しがちです。しかし、日本人が立ち上がるためには、物事の価値基準をお金ではなく、「人の困りごとを解決し、元気になってもらうこと」に変えていく必要があるのではないでしょうか。

そのために、一人ひとりが自分にできることを実践していく。それこそが日本の再生だと私は思っています。

そして、日本が再生することで、その生き方や考え方を世界へ広げていく。日本人には、そんな使命も背負っているのではないかと思っています。

皆さんは、立ち上がる準備はできていますか。

第三の地球

今日は少し不思議な話をします。科学的な根拠がある話ではありませんので、エンターテイメントとして読んでいただけたらと思います。

今回、学びの会で「第三の地球」「第二の地球」「第一の地球」という話を聞きました。

その話では、地球は実は三つあり、それぞれ存在する次元が異なるそうです。私たちが今生活している三次元の世界が「第三の地球」です。

創造主は天国をつくるために三つの地球を用意し、人は第三の地球で修行を積み、第二、第一へと魂を成長させ、最終的には創造主のいる十五次元の世界へ向かうという壮大な物語でした。

私は、この話を聞いて「魂の成長を目的としたシミュレーションゲーム」のようだと思いました。

ゲームにはルールがあります。ルールを破ればペナルティーがあります。同じように人生でも、人の道を外れた行いを続ければ、いつかその結果を受け取ることになります。また、天の摂理に沿わない生き方をすれば、健康を損ねたり、幸せを感じられなくなったりすることがあります。

学びの会では、第三の地球は本来天国だったと言っていました。しかし、人間が自ら地獄をつくり出してしまったのだそうです。

地獄は創造主がつくったものではなく、人間の心が生み出したもの。だから、本来であれば第三の地球で人生を全うすれば第二の地球へ進めるはずなのに、多くの人は再び第三の地球で人生をやり直すことになる。それが輪廻転生だという考え方です。

そう考えると、この人生で私たちがすべきことは意外とシンプルです。

第三の地球を「天国」として生きること。

今ある環境に感謝し、人のために生き、自分自身も成長する。そのような生き方ができれば、人生というゲームはクリアなのかもしれません。

もちろん、この話が本当かどうかは私には分かりません。

しかし、一つの人生観として考えてみると、とてもよくできた物語だと思います。次に何を目指せばよいのかが、とても明確だからです。

地獄は人がつくったものであり、創造主がつくったものではない。

そうであるならば、自分は今いるこの世界を天国だと認識して生きてみよう。そう考えるだけでも、人生の見え方は少し変わるのではないでしょうか。

皆さんは、この人生というゲームに参加しているという自覚を持っていますか。

自分都合ではうまくいかない、されど!

会社勤めの時も同じことを考えていましたが、独立すると、そのことをより強く実感するようになりました。

会社員時代は、相手も「会社対会社」という意識で接してくれるため、何かを依頼すれば、それなりに返事が返ってきました。しかし独立すると、本当に必要な用件にしか返事をしない人もいます。そうした選別を経ながら、本当に必要な人との付き合いへと自然に収れんしていくのかもしれません。

また、会社員の頃は、成果が出ようが出まいが毎月給料が振り込まれ、年二回のボーナスも支給されていました。今振り返ると、それは本当に恵まれた環境だったと思います。

独立すると、一体いつ成果が現れるのか分かりません。売上が立つのは果てしなく先のように感じられ、「このままで本当にいいのだろうか」と不安になることもあります。

ビジネスの構想を描いている時間は楽しいものです。しかし、その構想を現実にするために人と出会い、話し合い、行動を始めると、現実は思い描いたようには進みません。

自分都合だけでは、物事は動かないのです。

だからこそ、人は焦ります。しかし、物事が現実になるには時間が必要です。自分がやりたいと思ったことがすぐ実現するのであれば、誰も苦労はしません。

例えば、新しいプロジェクトを提案したとしても、その考えがメンバー全員に浸透するまでには時間がかかります。そして、外部へ提案できる段階になるまでには、さらに時間が必要です。構想が形となり、成果として実を結ぶまでには、何年もかかるのが普通なのだと思います。

その時間を根気よく待つためには、どれだけ自然体でいられるかが大切です。思いどおりにいかないたびに一喜一憂していては、心も身体ももちません。

私は、その自然体を保つ力は、その人が積み重ねてきた教養に支えられていると思っています。本を読み、人と出会い、失敗し、考え続けてきた経験があるからこそ、自分を客観的に見つめ、自然体へと軌道修正できるのです。

自分のやりたいことは、自分都合ではうまくいきません。

されど、それを乗り越えなければ、第二の人生は前へ進みません。

私は、自分がこれまで身につけてきた教養や経験を総動員し、一歩ずつ前へ進んでいくことこそ、第二の人生最初のチャレンジだと思っています。

皆さんは、どうでしょうか。